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東京高等裁判所 昭和24年(新を)1561号 判決

被告人

伊藤壽三郞

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

五木田弁護人控訴趣意書第一点について

然し乍ら、裁判たる有罪判決の理由とは、刑事訴訟法第三百三十五條第一項に所謂罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示すことを謂うのであつて、他に之に附すべき理由なるものがない。而して原判決には其の理由の一をも欠くところがないから論旨は其の事由がない。

五井弁護人控訴趣意書第一点について

然し乍ら窃盗罪に於ける目的物を判示するに際つては他人の所有若くは管理に属するものであつてその所有内にある財物であることを明かにするを以つて足り其の財物の品目について一々具体的に詳細に敍述するの要かあることなく單に財物であることを知り得る程度において其の名称種類数量等を掲ぐるを以つて足るものである。又原判示の数量と原判決が証拠として挙示する盗難届記載の被害品目との数量に多少の相違あること洵に所論の通りであるけれども原審に於いては右被害届記載の被害品中被告人の利益の爲め被告人の自認する原判示金品を本件目的物として認定した趣旨であること原判決の全趣旨に照し極めて明白であつて、該被害届其の他の書類に原判決認定以外に被害金品ある旨の記載があつても、これあるか爲めに被害届が杜撰のものとは謂うことが出來ないし審理不盡の違法ありとも謂うことができない。所論は畢竟独自の見解に基いて原審の専権である証拠の取捨判断を論難するものであつて其の理由なく控訴の事由があるものと謂はれない。論旨は孰れも其の事由がない。

前同第二点について

然し乍ら、証拠の取捨裁量は一に事実裁判所の專権に属するところであつて、本件記録を精査するに原判決挙示の証拠に依れば、優に判示事実を認むるに足り所論の各事情を参酌するも未だもつて原審認定の事実を左右するに足らざるのみならず原審には審理不盡の違法があることがない。論旨は其の事由がない。

前同第三点について。

然し乍ら、被告人が証拠とすることに同意した書面は、その書面が作成されたときの状況を考慮して相当と認められるときには刑事訴訟法第三百二十一條乃至第三百二十五條の規定にかかわらずこれを証拠とすることができることは同法第三百二十六條第一項の規定により明らかであるから、原裁判所が被告人が証拠とすることに同意した(記録九丁、十丁参照)原判決挙示の山本秀雄吉田信各提出の盗難届を作成された時の状況を考慮し相当と認めて証拠に採用したのは毫も違法ではなく、論旨は其の事由がない。

前同第四点について、

然し乍ら、原判決挙示の証拠に依れば、被告人の当公廷に於ける自白、被害者山本秀雄同松崎和夫各提出の盗難届書中各判示事実に照應する被害顛末の記載とあつて、被告人の自白の外に各盗難届の記載を綜合して判示事実を認定したのであることは極めて明白であるから、論旨は其の理由がない。

前同第五点について

原判決が適用法規として刑事訴訟法第百八十一條を挙示したことは所論の通りであるが、これは單なる削除を忘失したるものに過ぎないことは原判決の主文の記載に徴し極めて明白であるのみならず、該記載ありとするも主文に於て訴訟費用の負担を命じてないのであるから毫も被告人の利害に関係がないものと謂うべく判決に影響を及ぼすところがない。論旨は其の事由がない。

前同第六点について

所論の如く原判示の第一、二、三の各事実は孰れも窃盗罪にしてこれに対し刑法第四十七條本文第十條を適用して併合罪の加重を爲すには、先ず犯情に依つて判示三事実中孰れを重しとするかを定めなければならないのは論を俟たない。然るに原判決には單に適用法規として刑法第四十七條本文第十條を挙示したるに止まり判示三事実中孰れを重しとするか其の説示がない。從つて嚴格に謂へば原判決には法令の適用に説明の不足するものあるもこれを以つて未だ法令の適用に誤ありと言うことは出來ない。蓋し判示事実に刑法第四十七條本文第十條を適用したる以上判示三事実中の孰れの犯情を重しとするも右三事実に対する法定刑は同一であるから毫も判決に影響を及ぼすことがないことは明らかであるからである。論旨は理由がない。

前同第七点について

然し乍ら、累犯加重とならない前科の点につき被告人の供述と前科回答書の記載に齟齬ありとするも前者は單なる被告人の記憶に基くものなるに反し後者は公文書であるから後者を措信するは当然であつて其の孰れを正しいとするかについて疑いありと認めたる場合は格別然らざる場合に於いては審理を再開して其の点について取調をしなくても審理不盡ありとは謂はれない。論旨は其の事由がない。

前同第八点及び五木田弁護人控訴趣意書第二点について

然し乍ら、本件犯行の態様、被害数量の多量等其の他諸状の犯状に照らせば原審の量刑は洵に相当であつて、弁護人等所論の如く被告に対する科刑が重きに失するものと信ずべき何等の事由がなく論旨は其の事由がない。

前同第九点について

然し乍ら、刑事訴訟法第三百四十七條に所謂仮還付と謂い、還付と謂うは、裁判所が被害物件を押收した場合に於けるものにして、本件記録を精査するも所論の被害物件につき原裁判所は未だこれを押收した事跡の認むべきものがないから、これが還付の問題を生ずることなく、論旨は其の事由がない。

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